東日本大地震発生よりまるひと月が過ぎた。そんな昨日はまいった,の一言で終わる一日だった。久しぶりの非常勤が東海大学で始まって2コマ続けてしゃべっただけですでに授業中に喉が痛くなる。やれやれ。発声のなってなさを痛感。しかし学生(とくに新入生のクラス)は元気だった。天気のよい春の日によくあってた。17時頃大学を後にして小田急線から千代田線に乗りついでしばらくしたところで,かなり大きめの余震があったことに車内アナウンスでやっと気づく。それで電車の雰囲気が何か違ったものに感じられていたのかが腑に落ちた。少し進んではしばらく停車を繰り返し,3時間ほどかかって亀有駅着。電車を降りるとたいそう雨が降っているではないか。むろん傘はない。かくして天気予報は当たっていたのだった。いや,降り始める前に帰宅するつもりで家を出たのだけど,まあそれに間に合わなかっただけのこと。ぎりぎりまだ開いていた駅近くのダイソーでビニール傘を買って雨の中を徒歩にて帰る。中川橋上では強風が横に吹きつけてきてたおかげでスーツのズボンはびしょ濡れだ。でもパンツの中まで~にはならない程度で済んだからよしとするべきだろう。とにかく長い一日だった。
今日は授業はなかったのだけど獨協大学に行く。LLの授業を担当することになったので,授業開始日が延びたことだし,事前に操作を教わるために。阿部さんはサポートをどうぞよろしくお願いします。そして萩原さんにはいろいろな申請手続きまで付き添っていただいてたいへんお世話になりました。朝には講師室で偶然同僚になるPiliに会って,僕の用事が終わったらお茶をする約束をしたので研究室に伺うと,お昼まだだったら美味しいインド料理屋さんがあるからということで,じゃあそこに行こうとなった。食べてる最中に揺れがきてPiliが思わず外に出たので後を追い,揺れが収まるのを待った。そんなことがあったけど,ラッシーなる飲物も試したりして美味しくいただきました。Piliご馳走さまです。ひとしきりおしゃべりもしてキャンパスに戻ると彼女はもう少し授業準備をするということで校舎の中に消えていった。しかし獨協大学は,キャンパスだけでなくそこで働く人たちや行き交う学生たちまでもがなかなかいい雰囲気を漂わせていた。Piliには「ここは好きになれそうだ」と率直に伝えたら彼女も似たような感じを抱いてると応えてくれた。キャンパスは新入生の何かしらの行事があったのか,かかる学生とその学生たちを目的にした新入生勧誘に精を出す在学生たちでにぎわっていた。
さて僕は帰宅。18時から歯医者の予約。ブリッジが入る日だ。マドリーでのあの日から約7か月。ようやく隙間が埋まった。と同時に歯並びの悪さがもしかしたら先天的なものなのでは,将来子どもにも伝わるのではとおどかされる。その時まで自分の歯並びの悪さは,相対的な顎の小ささと4本とも完全埋伏歯の親知らずのせいだろうと勝手に思っていたのだけど,どちらの可能性も否定されて終わる。まあそうしたら子どもは矯正だね。僕はしたことないけど。それよりまずまだ子どもいないけど。あと,僕は無意識のうちに歯を強く噛みしめ過ぎる癖があることもあわせて教えてもらった。おそらくそのせいで歯を支えている骨が発達して隆起してしまっているとのご指摘。これは,たとえば将来入れ歯をする際に問題になるという。これに対する僕の説明は次のようなものだけど,これも否定されるのかは定かではない。そこまでは話に出さなかったから:
小学生のころに年に一度,夏になると山梨と松本に住む同い年の従兄弟と3人で大阪にある色覚異常を改善する治療を施すというクリニックに,その山梨の従兄弟の母親に付き添ってもらいながら通っていた。大阪に住む親戚の家にみなで寝泊まりさせてもらって,でも今となっては一週間だか一か月だか,どれくらいの期間通っていたのかよく覚えていない。そこでの治療方法は,まず一人一人図書館にある備え付けの勉強机のような台の前に腰かけて,イヤフォンのヘッドが直径5センチ程度の円形状になったモノにスポンジをはめ込み,それを通電液で濡らしてこめかみ辺りに押し当てて目を閉じスイッチをオンにすると,一定間隔で断続的に電気が流れてそうすると暗くなった眼前に光の輪がくるくる回って現れるのでそれをしっかりと見続けましょう,というものだった。とにかく,これも一回当たりどのくらいの時間受けていたのかはもはや覚えていないのだけど,この電通治療が痛くて痛くてよく泣きべそかきながら受けたものだった(たまに異形の器具を使う回があって,それはこめかみではなく細長いスポンジを鼻の中に突っ込んでそこへ通電するというモノ。さらに痛くて見た目以上に悲惨。終了後スポンジを抜くと鼻水がだらーとなることは想像に難くないであろう)。もちろん決していいものではなかった。「和同会の山田です。・・・」と淡々と語る院長であろう人物の録音テープが繰り返し繰り返し流されていたことがあわせて思い出される。それでもよかった思い出として残ってるのは,待ち合い室にあった手塚治の漫画が読める瞬間(とくに『三つ目がとおる』を読んでた覚えがある),従兄弟同士でクリニックの行き帰りの道すがら「ゲームウォッチ」(「ゲームボーイ」の先駆けのようなもので,今ググったら「ゲーム&ウォッチ」という任天堂の商品があったことを知る,というかそんなものもあったかとうっすら思い出す!)で遊んだこと(ゲゲゲの鬼太郎のゲームだった)や夜な夜な怖い話をし合ったことなど。これは本当に楽しかったな。と,回顧が長くなった。仮説的説明に戻ろう。そんなにも痛い治療だったので,かなり歯を食いしばって耐えていたに違いない。これを毎年わずかな期間でも繰り返すうちに,噛みしめの癖がついてしまったのではないかと思うのだが,どうだろうか。
さ,だいぶ記憶を遡ったところで,明日は母校での初日だ。
martes, 12 de abril de 2011
sábado, 2 de abril de 2011
Esa muela / 新年度の始まりに
歯医者へ行った。
すべては半年以上も前に,マドリーで(たった今からMadridは「マドリー」と表記することにした。以前までは「マドリッド」を好んで使っていたのだけど)夏季休業が明け再開した寮に戻ってきた初日の夜,食堂で夕食をとっていたらとれた,今は無きその歯があった箇所を診てもらうために。場所はアパートから最も近いところにある歯科医院。徒歩1~2分の近さ。実は今週の月曜に初診に訪れていて,そのときまではインプラントの可能性を考えていたのだけど,僕の上顎洞(じょうがくどう: ここで起こる「蓄膿症」のことを「上顎洞炎」と呼ぶそうな)の位置の問題からインプラントよりもブリッジによる施術の方が妥当だと告げられる。今日はそのための検診といったところ。30分もかからず終わって,いよいよ次回から施術が始まる。具体的には,欠損した歯の両側の歯を全体的に削ることはせずに,それぞれの歯の中心から十字に削ってそこに義歯をはめ込むことに。この方が比較的侵襲も少なく,施術時間も短くてすむ,値段も若干安め,そして審美的にも上ということで,これだけ聞いたら「じゃあそれでいいじゃない」と。唯一ともいえる欠点は,前者よりも安定感に欠けることだそうな。そりゃあ土台の面積が相対的に少ないのだからね。とにかく,来週には健全な歯が削られるのだ。今は無き歯のために。隣人よ,少々耐えておくれよ。そうすれば歯全体の長期的バランスがよくなるのだから。
さて。帰宅後はキャベツと玉ねぎとさやえんどうを加えたインスタントラーメンを作ってお昼。食べ終えるや落ち着く間もなくKUISのキック・オフミーティングに出かける。1時間半以上前に京成幕張着。まずはJRの駅前通りにある千葉信金で口座解約のご相談。幕張銀座通りを抜けて大学を目指す。ところでこの通り沿いには古くからありそうな豆腐屋,米屋,酒屋,理髪店,赤提灯の店,などが立ち並び,なかなかこれはこれで風情があるんじゃないかしらと感心した。14号を渡って埋め立て地帯に入ると,ところどころに東日本大地震の爪痕が認められる。大学に着いたら会議室には直行せず,まずは図書館を目指す。したところ4年前くらいに担当した授業にいた学生・西川遼くんと偶然ばったり出会う。というより,向こうから声をかけてくれたおかげで気づいたのだった。やりたいことを果たすためにあえて留年して大学に残ったとのこと。最後の追い込みがんばるんだよ,応援してるからね。その次に広報の前を通り過ぎようとしたときに,バレー部つながりのミツオくんに気づいてもらいご挨拶。またバレー部の練習に顔出しますからね。さて,図書館。お目当ては同大学図書館で毎年編集されている『本はおもしろい』という新書サイズの本のバックナンバー。これは師匠である江藤先生からの事前のメールによるご指示あってのこと。2007-2010年版を無事にちょうだいし,いよいよミーティングへ。主に師匠以外の先生方とは久方ぶりのご対面となる。今年度から再びよろしくお願いいたします。その後の懇親会ではポルトガル語専攻の高木先生を見つけてご挨拶。スポーツセンターの村野先生を見かけるも挨拶し損ねる。バレー部の先輩でもある久保さんとも会開始の挨拶中に見つけていただいたきり,ろくに話もできなかった。結局,スペイン語の非常勤集団が最後まで残ってミレニアムハウスを後にする頃にはすっかり日も暮れかけていた。バレー部後輩の美佳が去年の夏くらいにキャリア教育センターへ異動になったと聞いていたのでのぞいてみるもすでに退社後。久保さんが兼務される学長室控え(?)をのぞくも右に同じ結果に。このお二方には後日あらためて挨拶に伺うということで。
久しぶりに一気にたくさんの人と会った。少々疲れたのか,夕飯は西友でお弁当を買ってつけあわせに大根と本日ダブルヘッダーとなるさやえんどう+細ネギのみそ汁を作っていただく。初回授業まであと10日。
+++
PD. お恥ずかしいことに「奥歯」の綴りを間違えたので訂正しました。言い訳ではないのだけど,発音を考えたり実際に発音するときは"l"エルでしている,少なくとも自分はそれを意識しているのに,なぜか書く段になると"r"になっていた。結局,まだそれだけこの二つの音素に対する弁別の意識が弱いのだろう。それと「奥歯」っていう語彙の綴りもはっきりとしたイメージとして記憶されていないのかもしれない。つまりは曖昧なままにしているのだ。ともあれ,ご指摘いただけた師に深謝です。
すべては半年以上も前に,マドリーで(たった今からMadridは「マドリー」と表記することにした。以前までは「マドリッド」を好んで使っていたのだけど)夏季休業が明け再開した寮に戻ってきた初日の夜,食堂で夕食をとっていたらとれた,今は無きその歯があった箇所を診てもらうために。場所はアパートから最も近いところにある歯科医院。徒歩1~2分の近さ。実は今週の月曜に初診に訪れていて,そのときまではインプラントの可能性を考えていたのだけど,僕の上顎洞(じょうがくどう: ここで起こる「蓄膿症」のことを「上顎洞炎」と呼ぶそうな)の位置の問題からインプラントよりもブリッジによる施術の方が妥当だと告げられる。今日はそのための検診といったところ。30分もかからず終わって,いよいよ次回から施術が始まる。具体的には,欠損した歯の両側の歯を全体的に削ることはせずに,それぞれの歯の中心から十字に削ってそこに義歯をはめ込むことに。この方が比較的侵襲も少なく,施術時間も短くてすむ,値段も若干安め,そして審美的にも上ということで,これだけ聞いたら「じゃあそれでいいじゃない」と。唯一ともいえる欠点は,前者よりも安定感に欠けることだそうな。そりゃあ土台の面積が相対的に少ないのだからね。とにかく,来週には健全な歯が削られるのだ。今は無き歯のために。隣人よ,少々耐えておくれよ。そうすれば歯全体の長期的バランスがよくなるのだから。
さて。帰宅後はキャベツと玉ねぎとさやえんどうを加えたインスタントラーメンを作ってお昼。食べ終えるや落ち着く間もなくKUISのキック・オフミーティングに出かける。1時間半以上前に京成幕張着。まずはJRの駅前通りにある千葉信金で口座解約のご相談。幕張銀座通りを抜けて大学を目指す。ところでこの通り沿いには古くからありそうな豆腐屋,米屋,酒屋,理髪店,赤提灯の店,などが立ち並び,なかなかこれはこれで風情があるんじゃないかしらと感心した。14号を渡って埋め立て地帯に入ると,ところどころに東日本大地震の爪痕が認められる。大学に着いたら会議室には直行せず,まずは図書館を目指す。したところ4年前くらいに担当した授業にいた学生・西川遼くんと偶然ばったり出会う。というより,向こうから声をかけてくれたおかげで気づいたのだった。やりたいことを果たすためにあえて留年して大学に残ったとのこと。最後の追い込みがんばるんだよ,応援してるからね。その次に広報の前を通り過ぎようとしたときに,バレー部つながりのミツオくんに気づいてもらいご挨拶。またバレー部の練習に顔出しますからね。さて,図書館。お目当ては同大学図書館で毎年編集されている『本はおもしろい』という新書サイズの本のバックナンバー。これは師匠である江藤先生からの事前のメールによるご指示あってのこと。2007-2010年版を無事にちょうだいし,いよいよミーティングへ。主に師匠以外の先生方とは久方ぶりのご対面となる。今年度から再びよろしくお願いいたします。その後の懇親会ではポルトガル語専攻の高木先生を見つけてご挨拶。スポーツセンターの村野先生を見かけるも挨拶し損ねる。バレー部の先輩でもある久保さんとも会開始の挨拶中に見つけていただいたきり,ろくに話もできなかった。結局,スペイン語の非常勤集団が最後まで残ってミレニアムハウスを後にする頃にはすっかり日も暮れかけていた。バレー部後輩の美佳が去年の夏くらいにキャリア教育センターへ異動になったと聞いていたのでのぞいてみるもすでに退社後。久保さんが兼務される学長室控え(?)をのぞくも右に同じ結果に。このお二方には後日あらためて挨拶に伺うということで。
久しぶりに一気にたくさんの人と会った。少々疲れたのか,夕飯は西友でお弁当を買ってつけあわせに大根と本日ダブルヘッダーとなるさやえんどう+細ネギのみそ汁を作っていただく。初回授業まであと10日。
+++
PD. お恥ずかしいことに「奥歯」の綴りを間違えたので訂正しました。言い訳ではないのだけど,発音を考えたり実際に発音するときは"l"エルでしている,少なくとも自分はそれを意識しているのに,なぜか書く段になると"r"になっていた。結局,まだそれだけこの二つの音素に対する弁別の意識が弱いのだろう。それと「奥歯」っていう語彙の綴りもはっきりとしたイメージとして記憶されていないのかもしれない。つまりは曖昧なままにしているのだ。ともあれ,ご指摘いただけた師に深謝です。
viernes, 1 de abril de 2011
De vuelta al mundo docente / 再びこの世界へ
日付もかわって新年度が始まる。
3年半以上の間中断していた生活が,またやってくる。スペイン語の非常勤講師としての生活。でも「同じ生活」に戻るとは思わない。スペインに留学していろいろと変わったこともあるでしょう。思想も変わったのかもしれない。でも留学してなくても以前とは「同じ」ではあり続けないのだけど,という脳科学的話を出すまでもなく,とにかく,10日後には久しぶりの授業第1回目が新天地で始まるのだ。しかし博論はまだ終わってない。より一層気を引き締めねば。試練の年である。
明日(つまり今日金曜)は,それに先駆けて母校・神田外語大学で毎年恒例のキック・オフミーティング。今まさにこの文字を打ち込んだ瞬間に,そういえばこのミーティングのことを告げるような記事を当時はmixiに書いたななんてことを思い出した。そいういうわけで,お世話になった先生方とともに再び「勉強」することができるのだ。こうした取り計らいをしていただける諸先生方,とりわけ師匠にただただ感謝する次第である。
こうした非常勤の授業の関係もあって,今日は外大図書館に本を返すのと生協で予約してあった本を購入しに行ったついでに,柳原孝敦『映画に学ぶスペイン語―台詞のある風景』(東洋書店,2010)も買う。帰宅後,主に自分が観たことのある映画の解説を読んでみて,その面白さというか指摘するポイント・話の展開の仕方は大いに勉強になる。そして柳原先生の語り口調も一緒に思い出されるのであった。読んでいて楽しい。
ところで帰宅途中,新宿で丸ノ内線に乗り換えようとしたところ神田外語学院から電話をいただいて,内内に金曜一コマの担当することが決まった。非常勤先は神奈川県・埼玉県・千葉県といけずなくらい東京外しだったのだが,これで東京都区内に居を構えたことが晴れて報われた形になる。またこの学校にはやはりご縁のようなものがあるらしいことを思い知る。
帰りしな駅前の家電量販店でトースターをゲト(イチキュッパ,だ)。これで食パンとハチミツさえあればあとは美味しいトースト・ライフが約束されているのだ。
3年半以上の間中断していた生活が,またやってくる。スペイン語の非常勤講師としての生活。でも「同じ生活」に戻るとは思わない。スペインに留学していろいろと変わったこともあるでしょう。思想も変わったのかもしれない。でも留学してなくても以前とは「同じ」ではあり続けないのだけど,という脳科学的話を出すまでもなく,とにかく,10日後には久しぶりの授業第1回目が新天地で始まるのだ。しかし博論はまだ終わってない。より一層気を引き締めねば。試練の年である。
明日(つまり今日金曜)は,それに先駆けて母校・神田外語大学で毎年恒例のキック・オフミーティング。今まさにこの文字を打ち込んだ瞬間に,そういえばこのミーティングのことを告げるような記事を当時はmixiに書いたななんてことを思い出した。そいういうわけで,お世話になった先生方とともに再び「勉強」することができるのだ。こうした取り計らいをしていただける諸先生方,とりわけ師匠にただただ感謝する次第である。
こうした非常勤の授業の関係もあって,今日は外大図書館に本を返すのと生協で予約してあった本を購入しに行ったついでに,柳原孝敦『映画に学ぶスペイン語―台詞のある風景』(東洋書店,2010)も買う。帰宅後,主に自分が観たことのある映画の解説を読んでみて,その面白さというか指摘するポイント・話の展開の仕方は大いに勉強になる。そして柳原先生の語り口調も一緒に思い出されるのであった。読んでいて楽しい。
ところで帰宅途中,新宿で丸ノ内線に乗り換えようとしたところ神田外語学院から電話をいただいて,内内に金曜一コマの担当することが決まった。非常勤先は神奈川県・埼玉県・千葉県といけずなくらい東京外しだったのだが,これで東京都区内に居を構えたことが晴れて報われた形になる。またこの学校にはやはりご縁のようなものがあるらしいことを思い知る。
帰りしな駅前の家電量販店でトースターをゲト(イチキュッパ,だ)。これで食パンとハチミツさえあればあとは美味しいトースト・ライフが約束されているのだ。
lunes, 28 de marzo de 2011
Día de compras / 停電の中の映画に魅かれて
雨の一週間から解放された週末。
昨日は月例研究会で終了後はいつもどおり打ち上げに。駅前のいつものお店はありがたくも営業中だった。電車を乗り継いで日付も変わり無事に0時半ごろ帰宅。冷え込みはまだ厳しいうえに強風。歯磨いて顔洗ってちょっと本読んで就寝。
そして本日も快晴。遅めに起きてシャワーを浴びてる間に洗濯機クンに働いてもらう。軽い朝食を取ったあと洗濯物干したりしてたら昼飯時に。焼きそばの麺が賞味期限切れだったので迷わず昼食に決定。キャベツ・玉ねぎ・人参・豚肉がお供する。少し早めにだけどもう乾いてたから洗濯物を取り込む(これが冬のいいところ。マドリッドにいたら冬といわず一年中洗濯物の乾きは速くて便利なんだけど)。
天気もいいから勉強道具をもって亀有駅方面に出かける。久しぶりに自転車に乗って行くも,中川橋を渡ったところにある某ショッピングモールに置かせてもらい(帰り際にユニクロでパンツ2枚買ったから許して),モールの中を抜けてあとはぶらぶら徒歩で駅まで。しかし週末のこのモールの混みようはいかがなものか。2階・3階の売り場も営業を再開したらしく,それでも節電のためか通路の照明が半分くらいは消された中で人の姿が1階から見えた。
駅周辺でどこかコーヒーの飲める落ち着いたお店がないか探しているうちに北口のツタヤが見えてくる。ここにあることは知ってたけど今日初入店。入るなりDVD3本で3千円のワゴンセールにつかまり,次の3本をチョイス。これが今日の収穫:
- 『薔薇の名前』(ジャン=ジャック・アノー監督,1986年)
原作は哲学者であり小説家でもあるウンベルト・エーコの同名の有名作品。僕は未読。14世紀の北イタリアにあるカトリック修道院を主な舞台にしたミステリー・サスペンス映画。ショーン・コネリー主演。
- 『デスペラード』(ロバート・ロドリゲス監督,1995年)
あのManuが"loco"と称するちょっと面白く馬鹿げたアクション映画を作るのが得意なR.ロドリゲス監督・製作・脚本作品(ちなみに,locoはほかにもいて,たとえばAlex de la Iglesiaもその一人で「これは絶対おすすめ」というManuの意気込みに負けてついに観たのがDía de la bestia (同監督,1995年)。マドリッドが舞台のこの映画には,グラン・ビアの広告塔であるシュウェップスSchweppesのネオンをもつビル(カリオンビルEdificio Carriónというらしい)やまだ工事途中で未完のキオ・タワーTorres KIOをみることができる)。僕は,スペインにいる間にMacheteを観たかったのだけど果たせず帰国。この『マチェーテ』は,実は映画Planet Terror(同監督,2007年)の冒頭に「実在しない」映画の予告編として披露される。ロドリゲス監督はQ.タランティーノと仲良しらしく,彼の狂気じみたホラー・アクションから繰り出されるジョークに近いものがあると言えば,当たらずといえども遠からずか。ギャングに恋人を殺され,復讐の旅に出た伝説のガンマン・マリアッチの物語。
- 『スパニッシュ・アパートメント』(セドリック・クラピッシュ監督,2002年)
舞台はバルセロナ。主人公はパリ出身の大学生グザヴェイ。そう,彼はエラスムス計画(ヨーロッパ諸国間の交換留学プログラム)でスペインにやってくるの。そこのアパート(つまりpisoだから隣人としてではなく一つ屋根の下)で暮らすことになる国籍がみなバラバラの男女6人の共同生活を描いた話。登場人物の出身国は,フランス,イタリア,ドイツ,英国,スペイン,デンマーク,ベルギーだそうな。『アメリ』以前のオドレイ・トトゥも出演。
Cfr. http://movies.foxjapan.com/spanish/
日本ではDVDを買うことはほとんどなかったのだけど,研究会のメンバーで4月から在外研究に行くためしばしのお別れとなる先生が,先日の計画停電にあたった日にパソコンで映画を見てやり過ごしたっていう話を聞いて,それに感化されたのかもしれない。しかし蝋燭も買わないで映画を買うとはいかがなものか。
結局,本を読むための適当な店が見つからず,というかあまり気分が乗らなかったのかもしれないが,そのまま駅周辺を散歩する形になって帰宅。カレーの日である土曜の夜は外食だったので,繰り下げということで今晩の夕食もすでに決まっていたのだった。
昨日は月例研究会で終了後はいつもどおり打ち上げに。駅前のいつものお店はありがたくも営業中だった。電車を乗り継いで日付も変わり無事に0時半ごろ帰宅。冷え込みはまだ厳しいうえに強風。歯磨いて顔洗ってちょっと本読んで就寝。
そして本日も快晴。遅めに起きてシャワーを浴びてる間に洗濯機クンに働いてもらう。軽い朝食を取ったあと洗濯物干したりしてたら昼飯時に。焼きそばの麺が賞味期限切れだったので迷わず昼食に決定。キャベツ・玉ねぎ・人参・豚肉がお供する。少し早めにだけどもう乾いてたから洗濯物を取り込む(これが冬のいいところ。マドリッドにいたら冬といわず一年中洗濯物の乾きは速くて便利なんだけど)。
天気もいいから勉強道具をもって亀有駅方面に出かける。久しぶりに自転車に乗って行くも,中川橋を渡ったところにある某ショッピングモールに置かせてもらい(帰り際にユニクロでパンツ2枚買ったから許して),モールの中を抜けてあとはぶらぶら徒歩で駅まで。しかし週末のこのモールの混みようはいかがなものか。2階・3階の売り場も営業を再開したらしく,それでも節電のためか通路の照明が半分くらいは消された中で人の姿が1階から見えた。
駅周辺でどこかコーヒーの飲める落ち着いたお店がないか探しているうちに北口のツタヤが見えてくる。ここにあることは知ってたけど今日初入店。入るなりDVD3本で3千円のワゴンセールにつかまり,次の3本をチョイス。これが今日の収穫:
- 『薔薇の名前』(ジャン=ジャック・アノー監督,1986年)
原作は哲学者であり小説家でもあるウンベルト・エーコの同名の有名作品。僕は未読。14世紀の北イタリアにあるカトリック修道院を主な舞台にしたミステリー・サスペンス映画。ショーン・コネリー主演。
- 『デスペラード』(ロバート・ロドリゲス監督,1995年)
あのManuが"loco"と称するちょっと面白く馬鹿げたアクション映画を作るのが得意なR.ロドリゲス監督・製作・脚本作品(ちなみに,locoはほかにもいて,たとえばAlex de la Iglesiaもその一人で「これは絶対おすすめ」というManuの意気込みに負けてついに観たのがDía de la bestia (同監督,1995年)。マドリッドが舞台のこの映画には,グラン・ビアの広告塔であるシュウェップスSchweppesのネオンをもつビル(カリオンビルEdificio Carriónというらしい)やまだ工事途中で未完のキオ・タワーTorres KIOをみることができる)。僕は,スペインにいる間にMacheteを観たかったのだけど果たせず帰国。この『マチェーテ』は,実は映画Planet Terror(同監督,2007年)の冒頭に「実在しない」映画の予告編として披露される。ロドリゲス監督はQ.タランティーノと仲良しらしく,彼の狂気じみたホラー・アクションから繰り出されるジョークに近いものがあると言えば,当たらずといえども遠からずか。ギャングに恋人を殺され,復讐の旅に出た伝説のガンマン・マリアッチの物語。
- 『スパニッシュ・アパートメント』(セドリック・クラピッシュ監督,2002年)
舞台はバルセロナ。主人公はパリ出身の大学生グザヴェイ。そう,彼はエラスムス計画(ヨーロッパ諸国間の交換留学プログラム)でスペインにやってくるの。そこのアパート(つまりpisoだから隣人としてではなく一つ屋根の下)で暮らすことになる国籍がみなバラバラの男女6人の共同生活を描いた話。登場人物の出身国は,フランス,イタリア,ドイツ,英国,スペイン,デンマーク,ベルギーだそうな。『アメリ』以前のオドレイ・トトゥも出演。
Cfr. http://movies.foxjapan.com/spanish/
日本ではDVDを買うことはほとんどなかったのだけど,研究会のメンバーで4月から在外研究に行くためしばしのお別れとなる先生が,先日の計画停電にあたった日にパソコンで映画を見てやり過ごしたっていう話を聞いて,それに感化されたのかもしれない。しかし蝋燭も買わないで映画を買うとはいかがなものか。
結局,本を読むための適当な店が見つからず,というかあまり気分が乗らなかったのかもしれないが,そのまま駅周辺を散歩する形になって帰宅。カレーの日である土曜の夜は外食だったので,繰り下げということで今晩の夕食もすでに決まっていたのだった。
jueves, 24 de marzo de 2011
寝読・移動読書がはかどる(?),今日この頃
ここのところ寝つきが悪くて,これは僕にとってはすごく珍しいことなのだけど(のび太くんの記録には遠く及ばないが,横になるとわりとすぐに眠りにつく),ともかくそういうこともあってか寝読がすすむ。数日前には午前1時を回ったところで布団に入りいざ寝ようと目をつぶってもいっこう眠れる気がしない。諦めて『燃えよ剣』を読み始めたら・・・朝の8時くらいになってしまった,という話。あまり(というかまったく)誉められたことではない。
その甲斐あって,おとついには読了。今までの「新選組」知識というかそれに対するイメージは,川原正敏『修羅の刻』(講談社コミックス)に負うところが大きかったのだけど,司馬遼太郎の「新選組」観が加わって,これまでも東京の土地の中では比較的馴染のあった甲州街道や今回引っ越してきて馴染になりつつある水戸街道の名が出てくるたびに,その世界への没入を助長してくれた。いつか必ず日野にある土方歳三資料館を訪れることを一人心に誓う。
さらには東日本大地震発生の数日前に『下流志向』も読了。現在の移動中用の本は牛島信明編訳『セルバンテス短篇集』(岩波文庫)。スペインで観た戯曲化された作品「ガラスの学士」を含み,今のところ「やきもちやきのエストレマドゥーラ人」と「愚かな物好きの話」を読み終えて思うことは,原文が軽快な文章で綴られていることはさることながら,日本語でもとても面白く読み進められるところに,訳者である故牛島先生の偉大さを今さらながらに再確認するのである。ところで,言葉に関して面白いなと思ったのは,「愚かな物好きの話」に登場する美しく貞淑な妻カミーラとその侍女レオネーラが,夫であり主人であるアンセルモの無二の親友ロターリオの人となりについて話し合っている折に,レオネーラが彼を次のように形容する件:
寝読用にはスペイン留学の後半で途中まで読んでいて帰国を境に読みかけのままになっていたRoberto Bolaño, Los detectives salvajes (Anagrama)にすることに。といいながら,昨夜はおもむろにJ.L.ボルヘス『伝奇集』(鼓直訳,岩波文庫)を手にとってその「解説」を読んでしまった。
勉強用の『自然科学としての言語学』は,ノートにまとめながら読んでいることもあってやっと半分を過ぎたところ。これこそもっとスピードアップせねば。しかし,そのうち気になった箇所について書き連ねたいところでもある。
その甲斐あって,おとついには読了。今までの「新選組」知識というかそれに対するイメージは,川原正敏『修羅の刻』(講談社コミックス)に負うところが大きかったのだけど,司馬遼太郎の「新選組」観が加わって,これまでも東京の土地の中では比較的馴染のあった甲州街道や今回引っ越してきて馴染になりつつある水戸街道の名が出てくるたびに,その世界への没入を助長してくれた。いつか必ず日野にある土方歳三資料館を訪れることを一人心に誓う。
さらには東日本大地震発生の数日前に『下流志向』も読了。現在の移動中用の本は牛島信明編訳『セルバンテス短篇集』(岩波文庫)。スペインで観た戯曲化された作品「ガラスの学士」を含み,今のところ「やきもちやきのエストレマドゥーラ人」と「愚かな物好きの話」を読み終えて思うことは,原文が軽快な文章で綴られていることはさることながら,日本語でもとても面白く読み進められるところに,訳者である故牛島先生の偉大さを今さらながらに再確認するのである。ところで,言葉に関して面白いなと思ったのは,「愚かな物好きの話」に登場する美しく貞淑な妻カミーラとその侍女レオネーラが,夫であり主人であるアンセルモの無二の親友ロターリオの人となりについて話し合っている折に,レオネーラが彼を次のように形容する件:
(...)だいいちロターリオ様は、立派な恋人ならそなえていなければならないと世間で言いならわされている四つのS(sabio 賢明な、solo ひとりで事を行う、solícito 熱意のある、secreto秘密を守る)ばかりか、ABC以下のすべての長所をすっかり揃えておいでなんですよ。まさか、とお思いなら、まあお聞き下さいな、わたくしXが「耳ざわり」で「きつい」音というあたりに日本語話者との音感の違いがありそう。ちなみに(少なくとも)スペイン語に特有の文字Ñから始まる語はないので,もちろんこの侍女の口からも出てこないのはしごく当然のことだが,JとUについては,確信はないがおそらく,前者はIの,後者はVの異形であっただろうという経緯から,言及されていないのだろうと考える。Wは「二重のV(だからUでもある)」なので,やはりVで代表されているのだろう。そら で言えるんですから。あの方はね、わたくしがこの目で拝見し、判断するところでは、恩を忘れない(agradecido)、善良な(bueno)、礼儀正しい(caballero)、気前のよい(dadivoso)、ひたむきに恋する(enamorado)、意志の強固な(firme)、りりしい(gallardo)、高潔な(honrado)、卓越した(ilustre)、誠実な(leal)、若々しい(mozo)、気高い(noble)、正直な(onesto)、家柄のよい(principal)、資産家の(quantioso)、豊かな(rico)、Sはさっき言いましたわね、それから、口数の少ない(tácito)、信頼のおける(verdadero)、方なんです。Xは耳ざわりなきつい音ですから、あの方にはふさわしくなく、Yはもう言いました(音からしてYはIと同じということ)。それから最後のZは、奥様の名誉を熱心に監視する(zelador)方のZですわ。」[前掲書,p.137]
寝読用にはスペイン留学の後半で途中まで読んでいて帰国を境に読みかけのままになっていたRoberto Bolaño, Los detectives salvajes (Anagrama)にすることに。といいながら,昨夜はおもむろにJ.L.ボルヘス『伝奇集』(鼓直訳,岩波文庫)を手にとってその「解説」を読んでしまった。
勉強用の『自然科学としての言語学』は,ノートにまとめながら読んでいることもあってやっと半分を過ぎたところ。これこそもっとスピードアップせねば。しかし,そのうち気になった箇所について書き連ねたいところでもある。
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